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裸の王様

ドラマ「小公女セイラ」を見ていたときのこと
セイラが友達の雅美さんに言われるの

「正しいのは、あなただけじゃないわ、セイラさん。
「確かにセイラさんは正しい。でもそれだけなの。それしかないの。
自分以外の意見を受け入れられないセイラさんは
とても心が狭いと思うわ。」

そう言われて落ち込んでいるセイラに
カイトくんが言うの

「裸の王様って知ってる?
セイラはそれに似てる。『王様は裸だっ!!』って言う人に。
みんな王様が裸だってわかってるから、
そんなこと、わざわざ言わなくてもいいのに。。って」

 

私は、ちょっとセイラに似ていると思った
「悪いこと」を「悪い」と、言わずにはいられない

私だって聖人君子じゃないから、
今までに失敗だってしたし、間違えたりもしたし、
いいことばかりしてきたわけじゃないのだけど

大人になると、「悪いこと」を「悪い」と
言わなくてもいい場面が多くなった
「あのときは、言う必要はなかったな・・・」と
反省することもしばしば
だから、言う前に、「今、指摘することは本当に必要なのか」って
よくよく考えるようになった

それでも、
たまに感情が先立って、考えずに言ってしまう事もあるけれど

 

私は、基本的には人が好きで、
本当は、手放しに誰とでも仲良くなりたい

でも、人に期待しすぎるところがあって、
大事に考えすぎてしまうところがあって、
だから、程よい距離が保てるよう、
とてもとても気をつけている

 

ちょっと話が変わるけど
願い事を聞かれたら「世界平和」と答える
言葉にするととても壮大な願いだけれど、
みんなが一人の人を、もしくは家族を愛していけば、
きっときっと、それに繋がると思うの

最近知ったのだけど、ジョンが殺された次の日、
オノヨーコが出した声明文の中で

「もし何か意味のある<仕返し>があるとすれば
愛と信頼に基礎を置く社会に方向転換されることだと思います。
それぞれ一人の人を愛するだけでよいのです。
愛は愛を生んでいきます。
そうなればお互いが暴力に走ることはなくなるでしょう。
暴力は武器にあるのではなく
私たちの心の中にあるものなのですから」

と言っていたのだそう
私の世界平和論は、あながち間違いではないのかも

たくさんの人と仲良くなれなくても
ひとりの人を愛するところから始めよう
最近、私はそう考えるようになった

 

昔みた『幸福の条件』という映画の中で、
「愛するということは許すこと」というセリフがあって
「許すってどういうことだろう?」と思って調べたことがあった

人それぞれの解釈があると思うのだけれど、
私の目に止まったのは
「自分とは違う考えを持った他者の存在を認めること」

ここまで読んで、気がついた人も多いかもしれない
ここで、最初のセイラの話に繋がる

私の目標としていることが
「小公女セイラ」の話の中にでてきたので、
心にググっときてしまった
でも、実践となると、これがなかなか難しいのだ

 

最近、サルの仲間うちで、ある出来事があった
私はそれが納得できない
他人のことなんだから、ほっておけばいいのに
「人は人」と割り切れない
『自分だったらこうするわ』と
まるで自分のことのように、悩んでしまったりする

「自分とは違う考えを持った他者の存在を認めること」

私はまだまだ、精進が足りない

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