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3・11 あの日から1年

あの日、
たくさんの大切な命が失われた日から
1年が経ちました

失われたのは命だけではなくて
生活だったり仕事だったり家だったり故郷だったり・・・
たくさんの人が本当につらく悲しい思いをした日でした
だけど、つらく悲しい思いはあの日だけで終わったわけではなく
1年経ったいまでも続いているのだと思うと
心が痛みます・・・

私はあの日、愛犬ショーギの心臓検査のため
会社は午後から出社の予定でした
ショーギは先天性の心臓疾患があり、
CTスキャンを撮ることになっていました
地震にあったのは、ショーギを病院に預け、
大江戸線に乗ってすぐでした
たまたまだんなさんと一緒だったのですが
電車は止まる、携帯は繋がらない、余震が続く混乱の中、
どんなに心強かったか

地上でノートパソコンを開いていた人の情報から
震源地は東北だと知りました

嫌な予感がしました
父の故郷が気仙沼にある私は、小さい頃いとこと一緒に
児童館で津波の話を聞いたことがありました

会社に行くことを諦め、だんなさんとふたりで
2時間歩いて帰りました
帰ってすぐにテレビをつけました
私の予感は当たりました
ニュースでは東北地方の沿岸の津波を報じていました
だけどその津波は、私が想像した以上のものでした

気仙沼が燃えていました
親戚のいる女川に津波が押し寄せていました
私は涙が止まりませんでした
ただただ泣くことしかできませんでした

親戚は無事だろうか
ちゃんと避難しただろうか
心配で心配で、夜も眠れませんでした

その後、いとことのメールや電話や
ネットの安否確認で、親戚の情報を得ることができました
父は9人兄弟なので親戚がたくさんいるのですが、
ほとんどの親戚は無事でした
ただ、女川のおじさんおばさんは
津波の犠牲になってしまいました

3月3日は、おじさんおばさんと
一緒にいた親戚の葬儀がありました
おばさんの遺体がまだ見つかっていないけど
1年経つ前にお葬式をあげてあげたかったのだそうです

無事だった親戚も、家が津波に流されました
養殖業のいとこは、牡蠣もホタテも流されました
みんな少しずつ前に進んではいるものの
復興とは程遠い状況にあります

私にできることはなにか

あの日から考え続けています
被災地のことは、全くの他人事ではなく
だからといって自分は被災者でもなく
ブログもどんな立場で書いていいかわからなくて
どうしても客観的になってしまうのだけど

私のチカラなんて本当に小さなものだけど
私にできることをやろう、と
1年経って、改めて強く思いました

多くの方の大切な大切な命と
おじさんおばさんのご冥福を
心よりお祈り申し上げます

3月9日は私の父の誕生日でした
天国で再会して、兄弟でお酒を飲んでるといいな

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